茶の湯の文化と共に生きる京漆器、室町からの歴史を辿る

今回は茶道と漆器の親密な関係を取り持つ「京漆器」についてご紹介させていただきます。少し日本4大漆器編のような側面を持ち合わせている回ですが、この後2回に渡って紹介する記事のプロローグのような回にしたいと思います。

まず、漆器と言えば思い浮かぶのは食器であり、親密な関係にあたるのは漆器に盛り付ける料理、つまり漆器は生活や食と密接な関係にあると言えます。そのような中で「京漆器」はお茶を取り扱う茶道と共にその歴史を重ねてきました。

京漆器は794年以降にその流派が確立されました。室町時代に起こった茶の湯文化の繁栄と共に現在まで成長を続けています。木地は他の漆器に比べてとても薄く、入念な下地の上に豪華な蒔絵が施される京漆器は、茶の湯の精神である「わび・さび」を彷彿とさせますね。

繊細かつ堅牢な京漆器はこのように茶道との相性がよく、茶筒や急須など様々な茶道具に漆器が用いられました。中でも「棗(なつめ)」は千利休が用いたことで始まった究極の茶器呼ばれ、茶道を支える重要な役割を担う漆器でした。

以降、京漆器は躍進を続け、デザインや技法などを洗練した結果、今日では高級漆器の位置を確立しました。茶道具だけに留まらず、食器、調度品、家具など様々な製品を漆製品に変えていったのです。

こうしてお茶から始まり、京都の方々や私たちの生活により身近になったのが京漆器です。お茶に始まり現代の高級品の扱いを受ける京漆器は、私たちの見る京都の写し鏡のようです。

漆器と茶道にはこのような関係性で結ばれていました。我々の生活に京漆器という形で「わび・さび」をもたらしてくれていることは日本人としては嬉しい限りです。

ココで久しぶりに漆についての豆知識をご紹介いたします。実はお茶を飲む習慣や生成する方法は平安時代に遣唐使から伝承されました。当時の中国茶は現代の烏龍茶に似ている微発酵茶であったと考えられており、日本人の言う茶色とはこの烏龍茶に近い色から名付けられたといわれています。

色と関連しているのですが、日本人が名付けた色の中には漆という言葉が入る「漆黒」という色が存在しますよね。黒よりも黒々しく光沢のある漆のような色を想像できるかと思いますが、この言葉は面白いことに、漆における性質を表す非常によくできた言葉であるとも取れます。

一番初めの漆のご説明を覚えていらっしゃいますか?生の漆は茶色いペンキのようだ、という話をしたのですが、実はとれたての漆は黒というよりは茶色の液体なのです!その茶色い漆を精製する段階で、鉄分を混ぜることによって、鉄の酸化作用に乗じて漆も黒く着色されるのです。

この特有の色合いは他の方法で出すことはできず、漆独自の黒い色であるという意味合いからも「漆黒」という言葉が当てはまり、非常によくできていて面白い言葉なのですね!

以上、豆知識も含め茶道と京漆器における関係性から人々と漆器の付き合い方を見てまいりました。最終的に何が申し上げたいかというと、「漆器は常に人と共にある」という事です、人の生活に馴染むためにはさまざまな用途の漆器が開発されましたからね!

なので、今回は少し日常と離れた風情のある内容でしたが、「漆器と人の生活」についてを「漆器と茶道」という形でご紹介しました。今度は我々により密接である日用品としての漆器にはどのようなものがあるのか、というお話をさせていただきたいと思います。次回は「生活に寄り添う漆」をお楽しみに!